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【日本バスケ界のレジェンド】日本人初NBA選手『田臥 勇太』の能代工業高校時代の映像は保存版にしておくべき☆



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天才的なプレーで観客の度肝を抜かせた高校生時代の『田臥勇太』のスーパープレー映像です☆

身長わずか173cmとバスケット選手としてはかなり小柄ながらも、圧倒的なドリブルスピード、視野の広さ、類稀なるパスセンス、ハイレベルなシュート率を兼ね備えています!

田臥勇太は、3年連続で高校総体、国体、全国高校選抜の3大タイトルを制し、史上初の「9冠」を成し遂げました。
また、日本人で初となる世界ジュニア選抜入りを果たすなど、常に日本バスケット界の先頭を突っ走ってきました。
▼1996年ウィンターカップ

 

▼1997年ウィンターカップ

 

▼3年連続3冠の締めくくり!
1998年ウィンターカップ

 

そして、幾度もの挑戦を経てついに日本人初のNBAプレーヤーとして2004年にフェニックス・サンズに入団!
縦横無尽にコートを走り回り、次々とシュートを決める田臥勇太の姿はまさに日本が誇るレジェンドプレイヤーですっ☆

 

▼田臥勇太も注目しているスーパー高校生はこちら!

【日本バスケ界の宝】目指せるかNBA!?スーパー高校生『八村 塁』君の可能性っぷりに心躍るっ

 

田臥勇太
生年月日: 1980年10月5日
出身: 神奈川県横浜市金沢区
身長: 173 cm
体重: 75 kg
学歴: ブリガム・ヤング大学ハワイ校
ポジション: ポイントガード
高校時代に関東大会まで進んだ母親の影響で小学校2年生(8歳)でバスケットボールを始める。
小学校3年生からはソフトボール(ポジションはキャッチャー)も掛け持ちで始め、シニアリーグからの誘いもあるほどだったが、中学からはバスケットボールを選んだ。
公式戦で敗れたのは、高校1年生の時の東北大会で金田詳徳擁する仙台高校に敗れたわずか1回のみである(ただし、この試合で田臥は勝負の瀬戸際に5ファールで退場している)。
2004年9月6日、NBAフェニックス・サンズと契約した。

 

同年11月1日、フェニックス・サンズの開幕メンバーに登録され、日本人として初めてのNBAプレーヤーとなり、開幕戦を含む4試合に出場した(プレー時間は合計17分、7得点3アシストであった)が、同年12月18日に解雇される。
同月、ABAのロングビーチ・ジャムと再契約、NBAへの復帰を目指し、2005年9月、NBAロサンゼルス・クリッパーズと契約。
プレシーズン戦7試合に出場したが、シーズン開幕前の10月31日に経験不足を理由に解雇されている。

その後2008年8月31日、能代工時代の指導者加藤三彦が率いるJBLのリンク栃木ブレックスに入団し、国内復帰となり現在に至る

 

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