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最恐『バッドボーイズ』時代のピストンズの伝説の司令塔、『アイザイア・トーマス 』の勝ちへの執念!!



 

今回紹介するのは「バッドボーイズ」と恐れられたデトロイト・ピストンズの殿堂入り選手、『アイザイア・トーマス 』
まずはプロフィール

 

ニックネーム 「Zeke(ジーク)」
誕生日 1961年4月30日(54歳)
出身 インディアナ大学
身長 185cm
体重 84.1kg

 

ポジション ポイントガード
背番号 11(永久欠番)
ドラフト 1981年 2位
 
キャリア
1981-1994 デトロイト・ピストンズ
指導者経歴
2000-2003    インディアナ・ペイサーズ
2006-2008    ニューヨーク・ニックス
2009-2012 フロリダ国際大学

 

主な受賞歴
2× NBAチャンピオン (1989–1990)
NBAファイナルMVP (1990)
12× NBAオールスターゲーム出場 (1982–1993)
2× NBAオールスターゲーム MVP (1984, 1986)
オールNBAチーム
3× 1stチーム (1984–1986)
2× 2ndチーム (1983, 1987)
NBAオールルーキーチーム 1stチーム (1982)
アシスト王 (1985)
No. 11 デトロイト・ピストンズ永久欠番
NBA50周年記念オールタイムチーム (1996)
NCAAチャンピオン (1981)

 

初代ドリームチームにユタ・ジャズのジョン・ストックトンが選ばれたことで、デトロイト・ピストンズでプレイしていたアイザイア・トーマスは落選したと言われている。引退年にドリームチームⅡに選出されたが、怪我でプレーすることはなく、国際試合の舞台に立つことはなかった。

 
▼かっこいいハイライトムービー

 
ピストンズのバッドボーイズとしての軌跡
 
1981年にアイザイア・トーマスを獲得しそのシーズン途中にレインビアを獲得。1983年にデイリーをヘッドコーチに迎え入れて以降、ピストンズは徐々に上向き始めました。1985年にピストンズはドラフトでジョー・デュマースを指名、リック・マホーンをトレードで獲得。ビル・レインビアも徐々に成績を伸ばしてきており、1985-86シーズンにはリーグのリバウンド首位になった。さらに1986年にはジョン・サリーとデニス・ロッドマンがチームに加わり、「バッドボーイズ」と呼ばれるチームの中核メンバーが集まりました。「バッドボーイズ」は激しいディフェンスでリーグを席捲しました。
 

チームで唯一の紳士と言われたデュマースを除けば、彼らは必要以上に乱暴で卑怯なチームとしてリーグの大抵の選手に忌み嫌われました。バッドボーイズの主な数人だけで他の1チーム分の罰金をリーグに支払っていましたしレインビア、ロッドマンの乱闘は日常茶飯事だったし相手を吹っ飛ばすなんてよくありましたね。プレイオフでロッドマンはブルズのピッペンをコート外に吹き飛ばし顔を縫うほどの怪我を負わせた事もあります。
 

ジョーダンルールなんかも有名でジョーダンがカットインしてきたら徹底的に潰しかかってましたね。アイザイアなんてファール覚悟でボールをもぎ取ってました。
どちらかと言うと卑怯なディフェンスではなくバッドボーイズという名前の通り悪いディフェンスでしたね。ルーズボールなど闘争心にもあふれていました。各チームからリーグに苦情を入れるほどピストンズのディフェンスがすさまじかった
 

▼バッドボーイズハイライト

 

アスリート及びプロである以上、勝利を目指すのは当然の行為。
暴力まがいのプレーは絶対にいかんですが、それも「勝利への執念」と言い換える事もできる。
アイザイアは、純粋にチームを強くしたかったのは間違いない。

 

 

→チョークスリーパーをかけられながらも”ジョーダン・ルール”と闘う『マイケル・ジョーダン』激闘の試合!


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